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紅玉と蒼玉と虹玉

補間2


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 ルミナスは毛布の中でもぞりと一度身じろぎした。
 このままではダメだと分かっている。
 ナイトメアが封じられ、分解された今となっては、奪われた記憶も夢も元に戻っているはずだ。
 神もまた、自分を取り戻している。
 建物自体は崩壊してしまっても、物理的なものは直ぐに修復が可能だ。それが行われてこなかったのは、一重に“神”から神としての記憶が抜け落ちてしまっていたため。
 世界は、ゆるやかに枯れている。
 “創られた”世界は終わりを迎えようとしている。
 創世の歴史はあっても、進化の過程がない世界。
 まるで永遠に廻り続ける回路のようにヒトは生まれ、そして死ぬ。
 変わることの無い魂の上限。閉じられた輪廻。
 あの子の呪縛を解いたら、神殿はまた世界の復興を望むだろう。
 たとえ輪廻が閉じられたままでも、世界そのものが枯れていこうとも。
 世界樹の新芽を、例え“救いの鍵”で解き放とうとも、魂の枯渇が始まった我らに、世界を支えるだけの力は無い。
 主を戴かぬ“世界樹”という名のアーティファクトは、貪欲に力を吸収しようとするだろう。
 まるで魂の聖別とでも言わんばかりに。

「「よう、ルミ兄」」

 毛布に投げられた、2つにはもった少年の声。
 ルミナスの肩がびくっと震える。
「分かってんだろ? 俺達がどうしてここに来たか」
「今更理由なんていらない。この現実が全てだ」
 昔の双子を知っているならば、到底想像できないほどの低い声音に驚いたことだろう。
「ご…ごめんな、さい……」
 弱々しく謝罪の言葉を紡ぐ兄に、双子はイライラを隠すことなく怒りのまま口を開く。
「謝ってんじゃねぇよ! 兄貴は結局ライムより立場を取ったんだ!!」
「神殿にとって都合の悪いことすれば、皆罪人か!? ふざけるなよ!!」
 詰る弟たちの言葉に、ルミナスの瞳が見開かれる。
 被っていた毛布から乱暴に抜け出し、髪を振り乱して叫んだ。
「ぼ…僕だって、後悔してる。これが本当に最善だったのか! もっと他に道は無かったのかって!! でもね、どの方法を想像しても最悪の結果しか見えてこなかったんだ!! 僕はあそこにずっと住んでたんだよ!!」
「だから、何だって言うんだ?」
「どんだけ言訳しても何も変わらない」
 冷たい弟たちの視線に、ぐっと言葉が詰まる。

「「俺たちの望みは唯一つ。ライムの開放。それだけだ」」

 ああ、やはりその事かと、ルミナスは顔を伏せる。
 神殿が壊れたのならば、もうあの子が危険に晒されることは無いだろうか。
「……分かりました」
 自分が世界に帰れば、きっと彼も気が着くだろう。
 それでも、このままではいけないと分かっている。
「アッシュ。サック」
 ルミナスはじっと双子の弟を真剣な眼差しで見つめる。
「「……何だよ」」
 怒気が含まれた返事。
「護りなさい。何があっても。いいですね?」
「………」
「…兄貴?」
 その声音が余りにも低く、自分達には分からない覚悟のようなものを含んでいるように聞こえて、逆に双子はうろたえる。
 けれど、ルミナスはそれ以上の事を告げず、世界へと戻る扉を開けた。


 お話をしようか。
 それは世界が作られた時の話から今。
 ただのヒトだった一族が、神に祭り上げられてしまったお話。
 世界を形作る途方も無い力を持ったアーティファクトを制御することが出来た彼らは、ヒトから神へと姿を変えた。
 けれど、どんなものにも永遠がないように、道具であるアーティファクトにだって限界がある。
 壊れかけた部品を新しい部品に取り替える。そう聞けば、至極納得できるが、その道具が必要としている動力はそこに住む人々が持つ魂であり、魔法力だった。
 大きな世界とも呼べる道具を動かすために、その動力を住人一人ひとりに振り分け、負担が全くないように見せかける。
 そうすれば世界は何時までも廻っていくと思っていた。
 けれど、搾取されるだけの魂は何時しか力を無くし、何の力も無い魂へと変わっていった。
 世界の疲弊が続く中で、神の不安から夢馬が生まれる。
 道具は古くなり、動力は減り続け、神は神としての役割を忘れる。世界は悲鳴を上げていた。
 神が住まう神殿組織は、夢馬を捕えると同時に、世界を支える道具も新しくすることを考えた。
 それは、動力の、命の、魂の疲弊を増長させるだけとも知らず。
 それに気付いた人たちは、新しく作った道具を封印し、その鍵を一人の少年に託した。
 姿は少年だが、他の人たちよりも長く生きている少年は、その鍵を持ち、姿をくらます。
 神殿は焦った。
 このままでは、神を讃え、世界を保っていた権威が失墜する。
 神殿は知っていた。
 世界の構造が、世界樹と名付けたアーティファクトに支えられ、その動力がこの世界に生きる全ての人々だということに。
 何のリスクも無く、神だけが世界を支え、自分たちはその神に仕えている至上の存在であるという主張が崩れ去る。
 それだけは、それだけは、避けなければ!
 少年を捕らえ、鍵を奪取し、道具を取り替えなければ!
 狂った神よりも、世界を作りかえる事を優先させなければ!

 そして、神殿は少年の捕縛を神官に命じた―――



 口が大きく裂けた洞窟の前で、先を進もうとした双子をルミナスが止める。すっと凪ぐように手を振った瞬間、パン! と、何かが弾けたような音がして、薄いガラスのようなものがハラハラとその場に降ってきた。
「……結界」
 訪れるものを撃退させる力を持った結界。
「行きましょう」
「ああ」
「お、おう…」
 先を行くルミナスに、軽く駆けるようにして双子は後を追いかける。
「「……ライム」」
 水晶のような、大きな氷のようなものに閉じ込められた12歳ほどの少年。それだけではない。少年の体には茨のような痣さえも見て取れる。
 パキンッ! と、水晶に罅が入り、パラパラと欠片が零れ落ちた。
 支えをなくした少年は、地面へと落下を始め、双子は急いでその体を受け止める。
 しかし、少年はそんな衝撃の中でさえも眼を開かない。それは、今まで封印されていたからだという理由ではなく、体中に巻きつけられた茨の呪縛によって。
 ルミナスは双子に支えられた末弟の傍らに膝をつき、その茨を解いてく。すると、今まで死んだように眼を閉じていた末弟の肌に微かに赤味が戻った。
「これで、大丈夫です。さあ、行きましょう」
 ルミナスはソーンへと向かう扉を開ける。
「兄貴……」
「ありがとう、兄貴」
 双子はぎゅっとライムを抱きしめた姿に、ルミナスがほっと笑みを浮かべた瞬間、

『おかえり、ルミナス――』

 辺りに腐食した羽が散る。
「「なんだこれ!?」」
 元は純白だったと思わせるような力の塊のような白い羽は、あの紅の賢者が背に戴くそれに良く似ていた。
「行きなさい、早く!!」
 ルミナスが叫ぶ。
 虚空から、狂ったような笑顔を浮かべ、背に黒く腐食した羽を広げ降り立つ。伸びた腕は痩せ細っていたが、その力は失われること無くルミナスを掴んでいた。
「「あれは――…?」」
 双子の言葉が最後まで紡がれるよりも早く、時空を越える扉は双子と末弟を包み、閉じた。

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