トルマリン迷宮その後
名前は余りにも平凡ではあるが、それと特徴が一致した時、その人物はかなり限られる。
彼らが直ぐ側に居ることを聞いたカナリーは、急いで白山羊亭へと走りこんだ。
「アッ君、サッ君、ラー君!」
アッシュとサック、そしてライムにとって、この呼び方をする人物は一人しかいない。向けたくなくても、そちらへ視線を向けてしまう。
「え?」
「げ!」
「お姉ちゃん!!」
三種二様の反応を返し、双子は引きつった笑いを浮かべてお互いその場から後ずさり、ライムはばっとカナリーに抱きついた。
「随分探したのよ? あなた達がいなくなって、あたしがどれだけ寂しい思いをしたか……」
ライムとだけ感動の再開を楽しんでいるカナリーに向けて、双子が叫ぶ。
「なんで」
「カナ姉が」
「「ここに居るんだよ!!」」
カナリーはライムを抱きしめたままふふっと笑い、その指にはめられた指輪を双子に見せる。
「あなた達も持っているでしょう?」
その指にはめられたウロボロスの輪。それは、時空の扉を開き、その線を越える力を持った、一応は希少性の高い特別なアイテムだ。
「姉貴……まじ環咬種(ウロボロス)に」
「すっげぇ同情する……」
この姉が、一度そうすると決めたら絶対に引かない事を双子達は知っている。
「余り沢山の荷物は持ってこれなかったから、こっちでそろえることにするわ」
にこっと笑った顔が怖い。双子はふるふると首を振る。
「止めろ」
「マジ止めろ」
「「おれたちは、姉貴の着せ替え人形じゃねぇ!!」」
「しょうがないじゃない? あたしは妹が欲しいって言ったのに」
生まれたきょうだいは皆弟だったのだから。
「「絶対にお断りだ!」」
双子は叫んで、白山羊亭から逃げようと走り出す。
しかし、カナリーが軽く指を鳴らすと、その足元を突然生えた蔦に絡め取られ、盛大に倒れこんだ。
カナリーはその傍らに座り込み、物凄くいい笑顔を浮かべる。
「さあ、お姉ちゃんに、此処を案内してちょうだい」
双子はもう泣きたい気分だった。
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ふらふらと、一人の男がエルザードの裏路地を歩いていた。
姉に無理矢理連れてこられたものの、彼女は自分に余り興味は無い。ただ、いざという時の保険代わりにでもするつもりだったことは良く分かっている。
だから、この世界に着いた時に姉を置いていったのだが、自分も自分で全くこの世界のことが分からず、どうしたものかと頭をひねる。
「考えてもしょうがない」
何よりも眠い。もう眠くてしょうがない。
寝癖でぼさぼさの髪が目を覆って視界が暗いのも、眠たさに拍車をかけている。
「よし寝よう」
男はその場で寝始める。
いや、寝始めるなんてものではない。裏路地の真ん中で倒れこんだ。
「ねえ、だれかたおれてるよー」
余り建て付けは良くないが、人が住める程度の民家の扉が開き、其処から出てきた幼女が家の中へと呼びかける。
幼女の呼びかけに応え出てきた少女は、道の真ん中で、うつ伏せで倒れている男の姿に、ぎょっとして駆け寄る。
「おい、あんた、大丈夫か!?」
揺さぶってみても反応はない。
「ったく、家の前で倒れてるとか縁起でもないだろ!」
「メイジーだいじょうぶ?」
「大丈夫だ!」
メイジーは自分よりも大きな男を引き摺って、とりあえず家の中へと運ぶ。なぜこんな重労働をしなければいけないのか。
とりあえず生きているかどうか確認するように、そっと耳を近づける。
「ん?」
規則的に聞こえる吐息に、メイジーは眉根を寄せた。
「こいつ、寝てるだけじゃん!!」
メイジーは、とたんにイラっとして、思いっきり男を揺さぶった。
「あ? 何だ……?」
「何だじゃない!! あんなとこで寝てんな!!」
「悪い……眠気には勝てない……」
揺さぶっていないと、男は今にもまた夢の中に戻ってしまいそう。
「見ない顔だけど、あんた何者?」
「俺は、エクルだ……少し、黙ってくれ」
「は? 黙れって……っ」
直ぐに聞こえてくる寝息。
「ね、寝たー!!!!?」
メイジーは余りのことに揺さぶる手も止まり、子供たちは興味津々といった顔で、二人の様子を覗きこんだ。