補間4
この声の主には聞き覚えがあった。いや、昔からよく知る人物の声だった。夢馬を封印し加工が済んだ今、元に戻っているはずだった。
この声の主だって、元は自分と同じ場所に居た人。いや、それ以上に、あの子の鍵を欲しがっている。だからこそ、弟達を無事送り出すことが出来て、ルミナスはほっと息を吐き、自分の手を掴んでいるその人に振り返った。
「!!」
あまりの驚きに眼を見開く。そこには、酷く痩せこけ、以前の面影さえも全くない、よく知る青年が立っていたのだから。
「ヘリ…オール……?」
「ねえルミナス、どこに行ってたの? 最初はアクラ、次はルミナス……最後にはルツーセも。なんで皆僕を置いていってしまったの?」
ヘリオールと呼ばれた青年は、無邪気な微笑みをその口元に浮かべて、じっとルミナスを見ている。
「ねえ僕達いつも4人で居たじゃない? 幼馴染でしょう? 置いてくなんて酷いよ。ああ、でも、ルツーセはいつも一緒って訳じゃなかったね」
「置いていったわけじゃ……」
切欠は何であれ、結果的に帰らなかったのだから、置いていったのと変わらない。
「でもいいんだ。君は帰ってきてくれた。ねえ他の皆は何時帰ってくるの?」
「…………」
その問いに直ぐに答えることは出来なかった。それは、彼ら――自分も含めて――がもう別の場所に自分の居場所を見つけたから。
「……分かりません」
チラリ。と、目を伏せ瞳だけで後ろを見やる。
ああ、弟達は無事逃げただろうか。
「気になるの?」
心此処にあらずといったルミナスに、ヘリオールは小首を傾げて問いかけた。
「大丈夫、直ぐに戻ってくるよ」
「え?」
「ボクの羽根で追いかけてるからね。ルミナスの大事な弟達は、直ぐに見つかる。大丈夫だよ」
「止めてください! 彼らはいいんです!!」
「どうして? 兄弟は一緒に居たほうがいいじゃない」
動揺を見せたルミナスのことが分からず、ヘリオールはきょとんとした瞳をルミナスに向けるが、それも直ぐにどうでもいいと言う様に、にこっと笑った。
「ねえそれより見てよ。僕の羽、こんなに真っ黒になっちゃった……」
綺麗で透き通っていた白い羽が、黒くなるほど腐食してしまっている。
「もう殆ど腐っちゃって、どうしたらいいかな?」
夢馬を生み出すほどに狂ってしまった彼を、自分達は見捨ててしまった。違う、どうにかしてあげたいと行動はした。自分が途中退場してしまっただけ。それでも――…
夢馬は完全に消滅し、ヘリオールに記憶も夢も戻ったはずなのに、どうして笑顔はあの頃――狂った時――のままなの?
「ヘリオール……」
本当は、夢馬が生まれたことで狂ったのではなく、狂ってしまったから夢馬が生まれたの?
「ねえルミナス。君は属性を持たない有石族だけど、本当になんの属性もないの? どんな属性にもなれるんじゃないの?」
「何を言っているのですか…?」
もう殆ど痩せこけ、骨と皮になってしまった腕なのに、振りほどけない。
ヘリオールは、ぐいっとルミナスの腕を引き、もう片方の手で額の宝石ごと抱きこむように頭を握り締めた。
「ねえ貰ってよルミナス。僕もう疲れちゃった……」
この悲しみも、この憎悪も、この狂気も、全部…全部!!
額の石が何かを一気に吸収しはじめる。それは、狂いだしそうなほどの人の感情。
「止め……ヘリオ……あ、ああああああ!!!」
ヘリオールが持つ、腐敗した羽やどす黒く淀んだ力が、ルミナスに移るたびに、ヘリオールの身体はボロボロと崩れていった。
ルミナスの頭を掴んでいた手が最後に崩れ去り、風に飛ばされる灰のように消えてしまった瞬間、ルミナスはその場にどさっと膝を着く。
どれだけその体勢でいただろうか、ふっと、その口が笑みを湛えた。
『ああ、早く皆に会いたいなぁ』
眼を覚ましたルミナスの瞳と額の石は、腐食した鉄のように、赤黒く染まっていた。